私は21歳以上です。

姐りか。
作 林田痴朗 様




収録が終わって楽屋に戻る途中、よっすぃーが呼び止められていた。相手はいつも元気で明るいあのひと。
わたしは複雑な面持ちでふたりを一瞥すると、すぐに楽屋に入っていった。
着替えていると、よっすぃーが入ってくる。なにか急いでいる様子。別に・・・どうでもいいけど。
「お疲れさま〜」
よっすぃーに声を掛ける。
「あ・・・梨華ちゃん」と、よっすぃーは初めてそこでわたしの存在に気付いたみたいに、慌てて「お疲れさま〜」と、返す。
もう、終わったんだよね。そう自分に言い聞かせ、廊下を歩いた。
ちょうど局のエントランスの噴水脇を通り過ぎるとき、携帯が鳴った。
『終わったん?』
艶のある関西弁のイントネーションが耳に飛び込んでくる。
「すごい…ジャストですね」わたしは言った。
中澤さんは『そらぁ何年もこの時間帯、スタジオに通っとったからなあ』と、笑う。どうやら外らしく、背後では車が行き来する音が聞こえてくる。
背後で噴水が吹き上がった。相手の声が水音で聞きづらい。
「ちょっと待ってくださいねっ」
言うが早いか、わたしは外に飛び出した。ムッとした炎天下がわたしを包み込んだ。
「すみません、大丈夫です。何時にしましょうか?」
『こっちも撮りが終わったから、いつでもええよ、石川の都合は?』
いつもの喫茶店で待ち合わせにする。中澤さんのマンションの近所には洒落たショップが多くて、今日は案内してもらう約束をしていた。

よっすぃーとは別れた。
娘。の最終オーディションの寺合宿で一緒になったときから、このコと共に合格できればいいのに、と思っていた。だから、望み通りに事が運んだときにはワクワクした。グラビアの撮影なんかで隣によっすぃーがいると、つい嬉しさが顔に滲み出てしまう。頑張らなくちゃ、って思った。よっすぃーにもっとわたしのことを知って欲しかった。仕事のときは、いつも頭のどこかによっすぃーのことがあった。
よっすぃーとはよく話した。仲良くなった。意外なことにかなり面白いコで、見た目とのギャップがとても好きだった。娘。に入ってしばらくの間、深刻な相談ごとはよっすぃーにしかできなかったし、普段は明るい顔しかみんなには見せないでおきたかったけれど、よっすぃーの前でなら、泣けた。
ただ、よっすぃーはいつもあのひとしか見ていないようだった。
だから、あのひとが中澤さんと付き合っていることを知ったときは、喜びのあまり、部屋中を跳ね回った。我ながら、なんていやらしいやつだ。
わたしはよっすぃーに告げた。あのひとが、中澤さんと付き合っているらしい、と。
そうなるのが極めて自然の流れであるかのように、よっすぃーはわたしの元に来た。いや、それは正確な表現じゃない。なぜなら、よっすぃーはいつも、わたしを見てはいなかったから。身体の関係になったからといって、恋人にはなれなかった。意識の上では、片想い以上のなにものでもなかった。つまり、付き合いだした時点から、わたしはゆっくりと時間を掛けて失恋していったようなものだ。
そんな頃、わたしは中澤さんとよく話すようになっていた。
中澤さんは、娘。に入った頃の最初こそ恐いひと、という印象が強かったが、番組の中でよく絡むようになって、自然と収録以外のときでも話すようになった。だから、中澤さんのおかげでわたしは娘。における自分の居場所を見つけたと言っても過言じゃない。それに、どんな相談ごとでもよく聞いてくれたし、常に真面目に考えてくれ、一緒に悩んでくれた。
打ち明けた悩み事のなかには、よっすぃーのこともあった。ただ、よっすぃーが中澤さんと付き合っているひとのことを好きらしいということは黙っていた。
中澤さんは、ある種の憧れだ。ついつい後向きな考えばかりが浮かぶ性質のわたしだから、こんな風に堂々と生きていきたいって思う。だから、娘。を卒業したあとも、こうして今日のようにわたしを誘ってくれるのは、わたしにとってとても大切なことなのだ。

オープンカフェの大きな屋根の下で中澤さんは待っていた。夏の日差しにその金色の髪がまぶしく煌めいている。
わたしはテーブルに駆け寄って、「お待たせしました〜。待ちました?」
「いや、いま来たトコやよ」
「そう言いつつも、もう殆ど無くなってるじゃないですか」と、わたしは中座wさんの前に置かれたアイスコーヒーのグラスを指差した。すでに3分の1ほどになっている。
「暑いから、ノド乾いてたんよ」と、中澤さんは笑う。

いくつか案内してもらった店で買い物をした。忙しい娘。にとって、買い物は数少ないストレス発散だ。
わたしたちは公園のベンチで休んでいた。木陰がひんやりとして気持ちいい。並んで缶ジュースを飲んだ。ちょっとしたデートみたいで、なんだか楽しかった。1年前には思いもしなかった。中澤さんとこうしてプライベートで一緒にいるなんて。
そんなコトを考えていると、日暮れにはまだしばらくあるものの、にわかに辺りが暗くなってきた。見ると、ビルの合間から大きな黒い雲がもうもうと膨らんできているのが見えた。
「曇ってきたなぁ…」
中澤さんが空を軽く仰いで言った。
「ホントですねえ。そういえば、今日は夕立があるかもって、今朝のテレビの天気予報で言ってました」
「傘は?」と尋ねる中澤さんに、
「すいません、持ってません」
「なんで夕立があるかも、って知ってんのにやなぁ、折りたたみも持って来おへんの?」と、中澤さんは少し苛立った口調になる。
「あ・・・ごめんなさい」
わたしがぺこりと謝ると、まあええか、と、中澤さんはあっさりと笑い、ウチ寄ってく?とわたしを誘った。
中澤さんに部屋に誘ってもらえた。それはとても嬉しい驚きで、わたしが唖然としていると、「いや、どうせ夕立やったら、ウチでしばらくおったら止むやろ」と、言い訳がましく言う中澤さん。
わたしは笑ってしまう。
「中澤さんって、かわいいですね」
つい、言ってしまった。
「あのう・・・ソレは誉め言葉なん?」
「そうですよ」
「もうちょっと若かったらなあ、そういうコト言ってもらっても嬉しいんかも知れんけど」
「そんなこと・・・でも、わたしから見たら、中澤さんはかわいいですよ」
「だからな、石川、あのな――」
などと言い合っているうちに、大粒の雨があっという間に周囲の景色を沈んだ色に変えていく。
「ちょっと走ろか、石川」
駆け出す中澤さんに、
「は、はいっ!」
答えて、後を追う。

中澤さんの部屋に着いた頃には、ふたりともずぶ濡れだった。
着替えを貸してもらって、着ていたものは洗濯して乾燥機に。貸して貰ったTシャツは、正直、胸が少し窮屈だった。
遅くなったので、中澤さんが店屋物をとってくれた。ふたりとも料理が苦手な点だけは似ている。
わたしは野菜天丼を半分ほど平らげたとき、あの人の名前を出して、「別れた、って、どうしてですか?」と尋ねた。
すると、「んー、ああ・・・」と曖昧に答えて、中澤さんの表情がふっ、と、蔭った。ばつが悪そうに俯き加減になる。要らないことを訊いてしまった。こんなことだから、中澤さんには「石川はひと言多い」って、いつも言われている。
「すみません、ヘンなコト訊いて」
わたしは謝った。
「ええよ」と、中澤さんはなにか困ったように笑うと、残ったサラダうどんに箸を伸ばした。
この間、よっすぃーとあのひとが抱き合っているのを見てしまった。泣いているあのひとをよっすぃーが慰めているようだった。わたしはあのひとにはなれなかったんだな。そう思うと、終わったんだ、という実感が湧いてきて、わたしは家に帰ってひとり、泣いた。
もしかしたら、中澤さんがあのひとをしっかりと掴まえていたら、こんなコトにはならなかったんじゃないか。そんな気がして、つい意地悪が言ってみたくて、中澤さんにあのひとと分かれた理由を尋ねたのかも知れない。

わたしは窓の外を見て、「雨、止みましたね・・・」
「帰る?」
「・・・はい」
ここに居座る理由が無かった。洗濯した服はすっかり乾いてしまって、また着替えていた。
わたしが玄関で屈んでサンダルを並べていると、
「また来る?」
背後から中澤さんの声。
「絶対呼んで下さいよ〜」
甘えた声でそう言って、わたしがドアのノブに手を掛けた次の瞬間、わたしは後ろから抱き締められていた。
突然のことで、わたしは息を呑んだ。
「なんでか教えたろか?・・・わたしとあのコが、なんで別れたか」
耳元で、中澤さんの囁くような声。
わたしは高鳴る鼓動を痛いほど感じながら、動けずにいた。
引き絞られた緊張のなか、中澤さんは言った。
「あんたのせいやで・・・石川・・・・・・」
わたしは目を瞬かせた。
「なんでイシカワが――」
それ以上言葉を継ぐのを、中澤さんの唇が許さなかった。
優しくて、激しくて、熱くて、冷たくて・・・そのキスから、いろんな感情がない交ぜになって伝わってきた。
そっと目を開ける。
中澤さんの、カラコンを入れたブルーの瞳があった。その吸い込まれそうな色に、わたしはひと息に、濡れた。
キスの間にも、中澤さんはわたしの背中に手のひらを這わせ、それは段々と下降し、ヒップのラインを撫でるようにしたかと思うと、いきなり指先に力を入れて軽く食い込ませた。
「んん・・・ッ」
意表を突く刺激に、わたしは思わず漏らした。
よぅやく唇を解放されると、わたしは辛うじて残った理性で尋ねた。
「なんで、こんなコト・・・」
実を言えば、立っているだけでやっとだった。気を抜いたら今にも崩れ落ちそうなほど、身体中の力が抜けていた。
「聞いたわ。よっすぃーと別れたんやろ?」
「・・・はい」
「それでよっすぃーは・・・」
そこから口篭もってしまった。どうやら中澤さんは、よっすぃーとあのひとが付き合いだしたのを知っているようだった。
沈黙を繕うように、中澤さんは言った。
「わたしは、あのコの代わりにはなられへんか・・・?」
初めて見る、中澤さんの、微かに怯えたような瞳。
そうか。
このひとも、わたしと一緒。弱いんだ。

そうなるのが自然なように、5分後、わたしと中澤さんはベッドで抱き合っていた。
断ろうと思えば、できた。抵抗しようと思えば、できた。
わたしはでも、そうしなかった。
寂しさを紛らわせるだけ、とは思いたくなかった。わたしは中澤さんが好き。そう言い聞かせてみるが、本当にそうなのかと自問してみると、自信がなかった。
「あんた・・・なに食べたら、こんなに引っ込むトコ引っ込んで、出るトコ出んの?」
呆れと羨望と嫉妬が入り混じった声で、中澤さんは裸になったわたしを見下ろして訊いた。
「フツーの、モノですけど・・・あんまりまじまじと見ないで下さいよー」
急に恥ずかしくなってくる。見られている、と、意識してしまう。頬がにわかに熱くなって、わたしは思わず両手で顔を塞いでしまう。
中澤さんは柔らかく笑うと、そのまま再びわたしの唇にキスをした。さっきよりもずっと激しくて、深いキスを。このまま呑み込まれてしまうんじゃないかと思えるほどの。いや、いっそのこと、呑み込んで欲しいと思えるほどの。
中澤さんの手がわたしの胸の膨らみに触れる。それはまるで、鳥の羽かなにかで撫でられているような繊細なタッチ。触れるか触れないかの、そんな微妙さでわたしの切なさを徐々にあぶり出していく。
「中澤さん・・・」
わたしは言った。
「なに?」
「イシカワのコト、好きですか?」
訊いておきたかった。
中澤さんはすると、一瞬キョトンとした顔になって、言わなあかん?と訊き返してきた。
「質問に質問で返すのはずるいです」
食い下がるようにわたしは言った。
「あんた、ホンマ、ナマイキやね」
そう誤魔化した中澤さんの唇が、胸の先に落ちる。くすぐったいような、甘い刺激がじんじんと込み上げてくる。舌先で弾かれるたびに、わたしは、「んっ、んっ・・・」と、引き結んだ唇から声を漏らしてしまう。
やがて指を弄んでいた手は脇腹をつい、と、なぞり、わたしのお腹からさらにその下へと滑っていく。すでにそこは熱く濡れている。
そこに辿り着いた指先は花弁を湿らす蜜を掬い取る。
「や・・・やだ・・・中澤さん・・・」
しかし中澤さんは構わず愛撫を続ける。すぐに次の「標的」を探り当てる。
わたしはそこに指先が触れた途端、ひう、と、漏らしてしまった。
「気持ちええの? ココ」
「に・・・苦手なんです・・・」
「感じるってコト?」
「ちが、います・・・苦手なんです・・・」
ふうん、と呟くと中澤さんは悪戯っぽく微笑んだ。次の瞬間、わたしは顎を上擦らせ、甲高い声を上げていた。
中澤さんの指の腹が、ぬるぬるした熱い蜜を載せたまま、わたしの核芯をその輪郭を確かめるようになぞっていた。
「だ・・・っ・・・やぁ・・・」
息継ぎするのも苦労するほどの快感がわたしを何度も駆け抜けていく。
熱い・・・っ。
「すごいよ、石川のココ・・・」
中澤さんはわざわざそう言って、次にわたしのいちばん奥まったところに指を潜める。
すっかりそぼ濡れたそこは、何の抵抗もなく揃えた指先を受け入れる。その先端はゆっくりと蠢き始める。それ自体がまるで別の生き物のように。
「感じる・・・?」
答えられない。
言えるわけがない。気持ちよくて溶けそうです、なんて。
「あ、あ、あ・・・っ・・・ああ・・・ッ」
口を突いて出る喘ぎがとても恥ずかしかった。でも、どうにも止められない。溢れるように声が出てしまう。
「かわいいね、石川・・・かわいいよ」中澤さんの、少しハスキーな声が静かに囁く。「もっと、感じて・・・」
指先がわたしを身体の芯から掻き回す。
たまらずわたしは中澤さんの背中に手を回した。そのままきつく抱き締める。
「や、あっ、あ・・・んッ・・・・・・ああッ」
もっと、もっと、欲しかった。
もっと、中澤さんを感じたい。もっと、わたしを感じて欲しい。
だから、もっと。
ひくひくと背筋を震わせながら、わたしは嬌声を上げ続ける。
夢中になって感じていると、中澤さんはいつしかわたしの腕からするりと抜け、指先でさんざん火照らされた場所に顔を寄せていた。足の間から中澤さんのさらさらした金色の髪が揺れる。
吸ったり、舐めたり、弾いたりされているうちに、天辺が見えてくる。
それを見計らったかのように、中澤さんが囁いた。
「ええよ、石川・・・」
それがトドメだった。辛うじて保っていた理性の壁は、一気に決壊してしまった。
「いッ・・・ああっ・・・・・・ああっ・・・ああ・・・っ」
背筋を反り返らせ、息も絶え絶えになって果てたわたしを、中澤さんが優しく抱き締めてくれた。
よっすぃーとのときは味わえなかった、心の底からのふわふわ感。まるでなんの不安もなかった。
愛しかった。はっきりと、このひとが。

真夜中に目が醒めた。
見ると、窓から部屋いっぱいに青い月明かりが満ちていた。昼間の雨が嘘のように晴れあがった夜空。小さな細い雲が流れていく。
綺麗・・・。わたしは横になったまま、思った。
不思議な気分。よっすぃーがわたしの部屋に泊まりに来たときも、こうして真夜中に目覚めて、ひとりで月を見ていたことがあった。そのときは、隣によっすぃーは眠っているのにその距離はとんでもなく遠くに感じて、不安で仕方なかった。なのに今は、後ろに中澤さんがいるというだけで、こんなにも満ち足りた気分になれる。
と、背後で中澤さんが動く気配がした。まだ起きていたんだ。
わたしはそのまま動かずにいた。
「好きやで、石川・・・」
そう呟いた中澤さんの声はひどく小さかったけれど、しんとした部屋の空気をくっきりと震わせた。そして中澤さんは背後からわたしの頬に軽くキスをして、また横になった。
わたしはその間ずっと、目を閉じて息を殺していた。自然と口許が緩む。
やっぱり中澤さんは、可愛いですよ。でも今度は、ちゃんと面と向かって言って下さいね。
わたしは胸のなかで呟いた。

それから数日経ったある日、娘。と中澤さんは一緒の仕事だった。
何事もなく収録が終わって楽屋に戻る途中、珍しい取り合わせを見つけた。
中澤さんと、よっすぃー・・・?
自販機の前で話すふたりの様子を、なぜか柱の影からそっと窺うようになってしまう。話し声までは聞こえない。
よっすぃーは以前言っていた。中澤さんと話すときって、なんか緊張してイヤだ、って。
しかし、いま話しているよっすぃーはなんだか余裕があるというか、楽しそうに見えなくもない。あのひとと上手くいってるってことなんだろうか。
なんて思ってると、
「なにしてんの?」
その声にわたしは、ひっ、っと、妙な声で驚いてしまった。
振り返ると、果たしてあのひとがいた。
「ほら、次、ウチらラジオなんだから、急ぐよっ」
「あ、はいっ」
わたしは楽屋への廊下を彼女について歩きながら、窓の外の夏空を見上げた。
「すっかり夏ですねえ」
「んー、どっか行きたいなあ」と、首をコキコキやりながら、半ば投げやりな返事。
「行きましょうよ」
「あー? わたしと石川で?」
わたしはこうべを振り、「あと、中澤さんとよっすぃーとで」
途端に怪訝な表情。「・・・なんでその4人なんだよ」
「きっと楽しいと思うんですよね、お互いをイロイロ知ってるし」
そう言うと、彼女の頬に淡く朱が差したように見えた。
「アンタの神経って、細いのか太いのか分からんわ」ぷいと踵を返して行ってしまう。
「日帰りでもいいから、ねっ? 行きましょうよ。きっと楽しいですよ!」
わたしは追いついて、しつこく食い下がる。
そんな2001年の、夏。
まだ、始まったばかり。





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